MONTH

2022年4月

大病の方から「神様がいるなんて何で信じられるの?」と問われた日

人だすけに歩いていると 神様がいるなんて何で信じられるの? と問うていただくことがあります、大体において侮蔑まじりの質問の仕方で。 実はこの質問、私のような神様に仕える人にとっては、割と本質を突いてくださるようなもので…。答えられなければ、信じてもいない宗教家がどうやって人だすけすんねんって話になっちゃうのにも関わらず、相当に自信がなければ答えられないんですね。だからこそチクっと痛いのかもしれない […]

土砂降り & 雨具なし & びしょ濡れ & 住まいまで遠方

よっしゃ、よっしゃ、歩いててよかった! と思わせてもらえるような時があります。 「あなたが必要です。」と言ってもらえるような機会を得た時です。 自分から誘ってないのに、4日前には埼玉教務支庁で、昨日、今日は単独布教の拠点となっている住まいで面会を求めて下さる方々がいました。 さぁたすけ一条に向かって踏ん張るぞ!と思って勇んでいたのもつかの間、 そうは問屋が卸さないんですね。笑 今日も色々起きてきま […]

ヤバそうな栄養ドリンクと「思うよう成らんも一つ理」

笑われそしられ罵倒もされたりしながらも、人だすけに歩き続けてます。笑 将来的にも歩ける限り歩き続けていたいと思っているのですが、一般的な見方からしたら「すぐにでもやめてしまいたい」と感じられる方が多いと思うんですね。 でも、自分としては割と楽しみながら、そして「続けていけば必ず我が身がたすかる」と確信めいたものを持ちながら、やり続けています。 楽しみながら、諦めることなく、そして人をたすける気持ち […]

グロッキータイムと教祖存命の理

人だすけに歩き続けて意味なんてあるのか?って思ったりもします。 毎日思ってるかもしれない。笑   必要やんね、心の支え。 お道、天理教の信仰者が心のより所としているうちの1つが、教祖(「おやさま」と呼び申し上げています。)です。 昨日4月18日は、ない人間ない世界を造ってくださってから一分一秒あますことなくご守護くださる親神様の社となって、世界をたすける教えを人々に伝えて下さった教祖に、 […]

開かないドア

尽くしてきた方に縁を切られるという出来事が本日も起こりました。笑 70代のご婦人さんとの出会い 2021年度は布教の家 埼玉寮の寮生をさせてもらっていました。その年の夏の終わりごろに、あるお宅のインターホンを押したところ、現れてくださったのはご婦人さん。 坂口「こんにちは、天理教です。この道にたすけていただいて、神様のお礼に人をたすけて歩く修業をしております。何か困ったことはありませんか?」 ご婦 […]

ぢば一つに心を寄せよ

布教師なのに人だすけに歩かない、という日もあります。笑 明日が自教会の月次祭なので、本日は朝から自教会に帰って明日の準備のためのひのきしん(命を保ち続けて下さる神様へ感謝の気持ちで時間の御供え)をしていました。 戸別訪問を第一にした方が、たすかりの実が上がって、私のように「人だすけに歩いてあたわってくるものだけで生きる修業」をしている場合は人間思案としては良さそうに思えるものですが、あえて歩かずに […]

「宗教なんかいらないよ。」と言われて

私は今、単独布教といって「人だすけに歩く中で与えて頂けるものだけで生きていく」という修業をしています。世の中でも単独布教をしているような方はあまりいらっしゃらないですし、自分自身、このリスキーな生き方をしている道中において、火の玉ストレートな気持ちで神様に向かっていく日々の記録を残しておくのはとても貴重なことだと思ったので、今日からこの単独布教に関して書いていきます。 天理教スカンピン単独布教師の […]